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3月29日 東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ
 
3月11日、東京でも春の足音がようやく聞こえ始めて来た頃
多くの尊い生命と、人々が長い年月をかけて築き上げてきたものを一瞬にして奪い取って行った東北地方太平洋沖地震。
被災者の皆様に、心からのお見舞いを申し上げます。
 
東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ
『Samurai Blue日本代表 vs JリーグTEAM AS ONE』
3月29日、大阪長居スタジアムで開催されたこのゲームに、私もスタジアムアナウンサーとして参加させて頂きました。
 
試合当日の長居スタジアムは超満員のサポーターで埋まり、バナーや横断幕も、選手やチームを応援するものだけでなく、被災地や被災者の方々へのメッセージが書かれた物も多く掲出されていました。
スタジアムの大型スクリーンからは、日本代表・JリーグTEAM AS ONEの両選手、ドイツ代表選手やUEFA・AFCなど各大陸のサッカー協会から、被災者・被災地へ贈られたメッセージが流されました。
スタジアムでは義援金募金やチャリティーTシャツの販売等もあり、サポーターの皆様も被災地復興への想いを込め参加されていました。
 
さて試合は、とてもたくさんの方がご覧になられたと思います。
ヨーロッパ組12人が帰国し、ほぼベストメンバーの日本代表。
そして「えっ?日本代表じゃないの?」と見紛うばかりのJリーグTEAM AS ONE。
『がんばろうニッポン!』の言葉のもと最高のゲームを魅せてくれました。
遠藤選手がフリーキックで、岡崎選手が動きの中で、それぞれが「らしい」ゴールを決め前半で2-0とした日本代表。
後半途中、なかなか突破口を見出せないJリーグTEAM AS ONEは大量に選手交代。
大歓声の中いよいよカズ(三浦知良選手)がピッチへ。
スタジアムのボルテージは一気にヒートアップしました。
後半37分、JリーグTEAM AS ONEは、キーパーからのボールを闘莉王がヘッドで落とし走り込んだカズへ…。
この試合の持つ大きな意義、この試合へ臨む選手達の熱い思い、全ての人達の思いが詰まったサッカーボールをカズがゴールへと運ぶ。
誰もが『カズ!決めてくれ!!』と願った試合で、華麗にピッチを躍動しその期待に応えてみせる。
たくさんの思いが込もった「カズダンス」に心が熱くなった。
 
1997年5月 国立競技場。
2002FIFAワ−ルドカップ日韓共催を記念して開催された『日本代表vs韓国代表』戦。
中田英寿氏が代表デビューした試合、そして私が日本代表スタジアムアナウンサーデビューをした試合でもあります。
試合は1対1で引き分け、日本代表はカズのPKでの得点のみ。
そう、私がスタジアムアナウンサーとして初めてコールした得点者は「カズ」なのです。
以来私は一体、どれ程のゴールをスタジアムでコールして来ただろう…。
未だ数えた事もなく、正確な試合数もゴール数も解りません。
あれから14年…。
日本代表は‘98年のワールドカップから4大会連続で出場を果たし、ヨーロッパのクラブへ移籍し活躍する選手も増えている。
幾多の栄光に包まれ、幾多の挫折も味わったカズにとってこの14年は果たして…。
それでも、いつでもどんな時も、前を向いて戦っているカズ。
そんなカズはやっぱりカッコイイのです。
44歳現役、カズの凄さを魅せてもらった。
『ただいまの得点は・・・三浦知良選手です!』
14年前のあの日のゴールと共に、決して忘れられないゴールになった。
 
『がんばろうニッポン!』
この試合が開催された大きな意義。
この試合に関わらせて頂いた私も、多くの事を感じました。
『力を一つに、ひとりじゃない、みんなの力を合わせよう。
前を向こう。みんなの力を合わせれば、乗り越えられない壁はない・・・。』
被災者の方々だけでなく、たくさんの方が、この試合からメッセージを感じ取って頂けたのではないだろうか。
サッカーだけではありません。
復興に向けてあらゆるスポーツそしてたくさんのアスリートが支援をしています。
スポーツに宿る気迫と闘志…。スポーツには力がある、人々を元気に前向きにする力がある。
私はアスリートではありませんがスポーツの仕事に関わるひとりとして、
出来る事を出来る限りやろうと思っています。
 
被災地の一日も早い復興を心より願っております。














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